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横顔 27

「洋子、なあ、洋子」 店の主人と話込んでいる洋子を呼んだ。

「あ、ごめん、ごめん。つい話し込んで。じゃあ、失礼します。また伺いますね」

「いつも遠いところ、ありがとうございます。お気をつけて」 親娘が再度、深々と頭をさげて送り出してくれた。
          田中日進堂
洋子にとって久しぶりの大宇陀である。思い出が彼女を若い頃に引き戻したのだろう。名残惜しさに洋子は店を振り返り、店先に出て見送ってくれる親娘にあらためて会釈した。その仕種は、女らしさであふれている。

「なあ、洋子、この後なんやけど、どないする?まだ、ここに居りたい?」

「ううん、もういいよ。次、どこか行くつもりなん?」

「いや、特にはないけど・・・。洋子がどこか行きたいなら回るけど・・・」

「じゃあ、帰り道は飛鳥回りでがいいな」 洋子からのリクエストに応えることになった。
         
          秋の田
街道沿いには田畑が見渡せる。秋の実りを膨らませた稲穂が、傾きかけた光を受けて揺らいでいる。こんな景色を、何度一緒に見たことだろう、敬一郎はそんなことを考えていた。

「きれいやね、稲穂が・・・。敬ちゃんと何回こんな景色を見たのかなあ・・・」 洋子が呟いた。

洋子が自分と同じことを考えている、そのことが嬉しかった。ほんの小さな心の一致が、今日という短い時間を二人で過ごせていることの喜びを一層大きくさせた。

車窓を流れる景色が二人の中に染み込んでくる。何度も何度も見たはずの景色が、油絵を上塗りするようにむかしの記憶を厚くする。この景色は、今では淳子と見る景色になっているはずなのに、敬一郎は洋子と描いた絵を捨てきれていないことにあらためて気づかされた。それは、自分の弱さの現われであることを敬一郎自身が一番よくわかっている。この弱さが、洋子を苦しませた大きな原因であったことも・・・。

「どのくらいかかるのかな、飛鳥まで。もうすぐ暗くなっちゃうね」 

「そうやなあ、大和の日の暮れは早いからなあ。ここからやったら、半時間くらいやで」

「ああ、もう四時半回ってるもんね。寒いかなあ、飛鳥・・・」 そう言って、ずっと外を眺めている。
           光る風

「どないしたん?気分でも悪いんか?」

「ううん、大丈夫・・・」 洋子のその返答に、敬一郎は一瞬、胸に刺さるものを感じた。
 
 ”ううん、大丈夫” それは、淳子が敬一郎の問いかけに応える時の口癖である。メールに一度も返事をしていないことが気になっているところに、何気ない洋子の短い一言が、池に投げられた小石が作る波紋のようにじわじわと敬一郎に迫ってくる。

大宇陀からは談山神社回りで明日香村への道が開通している。曲がりくねった山道を走り抜けると、間もなく飛鳥に到着する。最後の長い下り坂を降りると、そこには石舞台が悠久の堂々たる姿を現した。
           石舞台

鹿男あをによし
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