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横顔 25

「寒いなあ、冷えるなあ。大丈夫か?」

大宇陀に到着した三時頃には、雨は止んでいた。うっすらと光をさす時さえあった。夕方から降るはずの雨が、早く通りすぎたのだろうか。二人は大宇陀の古い町並みを歩いていた。

「大丈夫。ねえ見て見て、きれいやねえ」 洋子が紅葉を指して続けた。
          紅葉
「光が透き通ってるね。正暦寺みたいに雨降りは雨降りで雰囲気あるけど、これはこれできれいやわ」 二人は紅葉の下で立ち止まり、微笑んで見上げた。敬一郎は、紅葉のゆれる影を受けた洋子の横顔をじっと見た。

「空が青空なら、もっと映えて綺麗なんやろうけどな。こっちも降ったんかなあ?あんまり屋根も濡れてないみたいやな」 背伸びをするように町並みの屋根を覗いた。

「ねえ、きみつつみは、どの辺で売ってるんやったっけ?何ていうお店やったかなあ・・・」

「田中日進堂やで。むかしに、一回真似て洋子が作ってくれたことがあったやん。あれは”絶品”やったな」

「ああ、覚えてるわ。あれ、敬ちゃんにすっごい嫌味言われたよね。やっぱりホンマもんはええ!とか言って」

洋子が敬一郎に入れてくれるシナモンティは、確かに絶品である。敬一郎の好物の金平ドッグの味も間違いない。ただ、若いころの料理の腕前と言えば、非常に不安定であった。もちろん、長年の主婦生活により、その力量は上がっているはずだ。さもなければ、カフェなど開けるはずもない。

「今なら、完璧やろうな。なあなあ、カフェで出してみたら?」敬一郎がおどけて提案した。

「う~ん、食べてみて考えるわ」 何処を見るでもないが、その眼は何かを見据えている。どうも真剣に捉えている様子だ。

二人はそのまま、大宇陀の町を散策した。歴史保存地域でもあるために基本的な町並みは変わらないが、ところどころに新しい洒落た店が、古い町並みに溶け込みながらもその存在を主張している。
大宇陀 大宇陀 大宇陀
今、二人がここで過ごしている時間は、今なのだろうか?それともあの時なのだろうか?二人が引き裂かれていた長い時間にも関わらず、二人で過ごすこの時は、そんなことをも考えさせる。あまりにも深く打ち込まれた杭は、朽ちることなく、時の流れに流されずにいたのである。

「ここやで、きみつつみ」 そう言うと、敬一郎は店の引き戸を開けた。
    田中日進堂  田中日進堂2
「こんにちは~」敬一郎はいつものようにゆっくりと店に足を入れた。 

「あっ、いらっっしゃいませ。毎度ありがとうございます」

 店の奥から親娘が頭を深々と下げながら現れた。この店の魅力は、その商品はもちろんのこと、この大和らしい接客にもある。大宇陀を訪れた人々に、奈良の思い出を緩やかに染み込ませるに違いない。奈良独特のイントネーションは、京都には無い飾らない朴訥さをいっそう引き立たせる。敬一郎はそんな大和が好きだ。

「きみつつみ十個と丁稚羊羹ひとついただきます。洋子は?」

「わたしはあ・・・、私も同じだけいただきます」

「はい、ちょっと待ってくださいな」 親娘は手際よく商品を箱に詰め包装しだした。
       田中日進堂4   田中日進堂3
「久しぶりやわあ、懐かしいなあ。うれしい、敬ちゃん、ありがとう」洋子の中にも遡った時が渦巻いていた。

店を入って右手には、周辺の風景写真が置かれてあり、手作りのコースターなどと一緒に販売されている。店全体の雰囲気は、まさに老舗を思わせる重量感がある。人を引き寄せるために店舗を改装したり、観光客に迎合するような造りにするところもあるようだが、ここはそうではない。決して広いとは言えない店舗ではあるが、そこにはこの大宇陀の町の歴史を醸し出すものが詰まっている。奈良の奈良たる郷愁を運ぶ神が、この田中日進堂に鎮座しているのであろう。

この店を初めて訪れたときに、傍らにいたのは洋子であった。その店に、今こうしてまた二人で買い物に来ていることが、不思議でもあり、感動でもあった。しかし、心のどこかに後悔もあった。

「お待たせしました。いつもありがとうございます」
        きみつつみ
「すいません、道中食べたいので、三つだけ別に下さいな」いつものように敬一郎が言った。そういつものように・・・。

敬一郎は、淳子のことを考えていた、最近この店に来るときはいつも淳子が横にいる。淳子もきみつつみが好きである。その淳子に、今日のことを言うことはできない。ましてや、今ではこの店は淳子との思い出が沢山詰まった店となっている。そこに上書きでもしてしまいそうな洋子との回想が覆い被さってきている。それをどうやって払拭すればよいのであろうか。

淳子からのメールが何度も来ていることはわかっているが、ここまで返すこともしていない。実際に返すことが出来ないのは事実である。どんな気持ちで返せばよいのか、重圧感に苦しさを感じた。そこへまた、淳子からのメールが届いた。

「都合いいときに電話ください」 その一文が、敬一郎の決心を促した。


    *田中日進堂 奈良県宇陀市大宇陀区拾生1870*
           TEL 0745-83-0146

愛をこめて花束を Superfly
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