雨上がりの町をゆっくりと歩く淳子の携帯が鳴った。バッグの中から慌てて取り出したが、相手は千沙世である。
「もしもし、さっきはゴメンな・・・。私、ちょっとどうかしてたわ」 いつもの千沙世が、妙に神妙である。
「ええよ、別に・・・。もうええから・・・もう・・・」 淳子は、心ここに在らずの状態で答えた。
「なあ、どうかしたん?淳子おかしいで」
長年の付き合いとは、こういうものだろうか。悟られたくない相手に悟られてしまうことのもどかしさと、気づいてくれる嬉しさが交錯する。
「ううん・・・、大丈夫・・・」
「全然大丈夫違う声やし。なあ、今どこに居てるの?まだ店?」
「ううん、違う。もう出てる。もう帰るから」
「そうなん・・・。なあ、ペコから連絡あったん?それで元気ないんやろ?」
「ううん、大丈夫。もう気にせんといて、大丈夫やから・・・」 淳子は、千沙世の気遣いが嬉しいのか煩わしいのかさえ判断が出来ずにいた。知らず知らずに涙がこぼれた。
「淳子・・・。会おう、なあ、今からもう一回会おう」
「いい、大丈夫やから・・・。千沙、ありがとう。ごめんね」 泣き声を悟られまいと必死に堪えた。
「あかんって。今から会おう。もう一回話したいし。それと、晩ごはん一緒に食べよう」
「安田さんは、どうするん?会うんやろ?あかんやん・・・」
「ええねん、ヤスより淳子が大事やん。親友やんか、なっ」 千沙世は出来るだけ明るい声で言った。
「ええよ。安田さんに会い。でないと、あかんよ。会える時は会わなあかんよ。私は、いつでも居てるから」
「淳子・・・。なんで?」
「あのな、千沙もいずれは訪れるかも知れん時をちゃんと考えやんとあかんよ。安田さんが、いつまでも千沙の傍に居てくれるかどうかわからんやん・・・」 淳子は、自分に言い聞かせるように千沙世に言った。
「自分が確固たる位置にあるわけではないんやから、安田さんに会えるときは会って、後悔ないようにしないと」
「淳子・・・。あんた・・・、本気なんやね。心底惚れてしまってるやん」
「千沙・・・、後悔せえへんように、一回一回、心をこめて安田さんに接してあげて。お願いやから」
千沙世は、淳子の気持ちが痛いほどに理解できた。形態に若干の差があるとはいえ、同じ境遇にある淳子の辛さや寂しさ、虚しさは十分に共有できていた。それだけに、淳子の言葉が胸に突き刺さり、千沙世に次の言葉を出す力をも奪い去った。
「わかった・・・。じゃあ、気をつけて帰りや」それだけ言うと電話を切った。
冷たくなってきた風が、淳子の頬に触れた。流れた涙がより一層に冷たさを増した。今この時にこそ、敬一郎の声が聞きたい、会いたい、抱きしめて欲しい、その思いをこの風がさらっていくように感じた。
Mr.Children つよがり