横顔 28
敬一郎は石舞台が見下ろせる場所に車を止めた。通常は車を止められるような所ではないが、この季節にこの時間となれば、通る車も少ない。
「久しぶりに見るわ、この景色・・・」 洋子が車の窓を下げて首を出しながら言った。

「風が冷たいね。でも、何かすっきりした気分になるわ」 洋子は瞳を閉じて深呼吸した。緩やかに吹き込む冷たい風が、助手席の洋子の匂いを敬一郎に運ぶ。夕日をコントラストにした洋子の横顔が、シルエットとなって敬一郎に飛び込んだ。洋子は、そのまま眼を閉じていた。美しい、その形容詞しか浮かばなかった。
「この石舞台って、ずっとずっと昔からここにあるんやな。幾多の風雪に耐えて、ここに悠然とあるんやな」
「そうやね、どんなことがあっても揺るがないんやね。そう有りたかったね、私たちも・・・」ぼんやりと外を眺めて言った。
敬一郎は何も応えなかった。洋子自身も応えを求めてはいない。今日ここまで二人に与えられた神からの贈り物である時は、間もなく閉じられようとしていた。消そうとしては浮かんでくる記憶、それは更なる重みとなって敬一郎にのしかかった。おそらくは、洋子も同じ感情を抱いているに違いない、そう考えたかった。
「温かいコーヒーでも買おうか?あそこ、まだ”みたらし団子”売ってるねんで」
「えっ、おばさん、まだ頑張ってはるの?」すばやく振り向き、目を丸めて聞いた。
「いや、今は違うよ。けど、元気にしてはるらしいで」
「そうなんやあ、今日は懐かしいの連続やね」
石舞台前の駐車場に車を進めた。まだ数台の車が止まっている。
ずっと前に、夜遅くにこの駐車場に寝そべり、二人で星空を見上げたことがあった。願いを込めて二人で探しそうとした光は、とうとう見つけることは出来なかった。その光は遠い空にあるのではなく、すぐ隣にあったことをお互いが気づけなかった。何年も経って見つけることが出来たその光を、敬一郎はずっと大切に守り続けていた。小さくても輝き続けた光に敬一郎は支えられてきたということを、今日あらためて思い知らされた。
「ああぁ、もうお店閉まってるよ。五時までかなあ。残念やね」 洋子は口を尖らせた。
「敬ちゃん、どれにする?微糖、ブラック、色々あるよ。」
「俺はブラックでええよ。あ、俺出すよ」 慌ててポケットから小銭を出した。
「いいよ、私が出すから。今日はあちこち連れて来てもらってるんやから。はい、ブラック」
「ほんだら、よばれますわ。ごちそうさんです」
「きれいな夕日やね。変わらないんやね、この景色。あの頃を思い出すわあ。何時までも見ていたいわ。このまま時が止まればいいのに・・・」

「俺は、あの頃に戻ればええのにって・・。ずっと思ってた。ずっとな」
「えっ・・・」 洋子は敬一郎をみつめた。
「洋子と別れてからも、俺は一人でここへ来て、ずっと洋子と二人でこの景色を見てた。俺の傍には、いつも洋子が居てくれた・・・。その思いがあったから、俺は生きて来られた。もし神さまが一つだけ願いを聞いてくれるなら、どうかあの頃に戻してくださいって、そんなことばっかり考えてた」
「敬ちゃん・・・、敬ちゃん・・・」 敬一郎をみつめる洋子の瞳は揺らぐ夕日をのみこんでいた。
こと 熊木杏里
「久しぶりに見るわ、この景色・・・」 洋子が車の窓を下げて首を出しながら言った。

「風が冷たいね。でも、何かすっきりした気分になるわ」 洋子は瞳を閉じて深呼吸した。緩やかに吹き込む冷たい風が、助手席の洋子の匂いを敬一郎に運ぶ。夕日をコントラストにした洋子の横顔が、シルエットとなって敬一郎に飛び込んだ。洋子は、そのまま眼を閉じていた。美しい、その形容詞しか浮かばなかった。
「この石舞台って、ずっとずっと昔からここにあるんやな。幾多の風雪に耐えて、ここに悠然とあるんやな」
「そうやね、どんなことがあっても揺るがないんやね。そう有りたかったね、私たちも・・・」ぼんやりと外を眺めて言った。
敬一郎は何も応えなかった。洋子自身も応えを求めてはいない。今日ここまで二人に与えられた神からの贈り物である時は、間もなく閉じられようとしていた。消そうとしては浮かんでくる記憶、それは更なる重みとなって敬一郎にのしかかった。おそらくは、洋子も同じ感情を抱いているに違いない、そう考えたかった。
「温かいコーヒーでも買おうか?あそこ、まだ”みたらし団子”売ってるねんで」
「えっ、おばさん、まだ頑張ってはるの?」すばやく振り向き、目を丸めて聞いた。
「いや、今は違うよ。けど、元気にしてはるらしいで」
「そうなんやあ、今日は懐かしいの連続やね」
石舞台前の駐車場に車を進めた。まだ数台の車が止まっている。
ずっと前に、夜遅くにこの駐車場に寝そべり、二人で星空を見上げたことがあった。願いを込めて二人で探しそうとした光は、とうとう見つけることは出来なかった。その光は遠い空にあるのではなく、すぐ隣にあったことをお互いが気づけなかった。何年も経って見つけることが出来たその光を、敬一郎はずっと大切に守り続けていた。小さくても輝き続けた光に敬一郎は支えられてきたということを、今日あらためて思い知らされた。
「ああぁ、もうお店閉まってるよ。五時までかなあ。残念やね」 洋子は口を尖らせた。
「敬ちゃん、どれにする?微糖、ブラック、色々あるよ。」
「俺はブラックでええよ。あ、俺出すよ」 慌ててポケットから小銭を出した。
「いいよ、私が出すから。今日はあちこち連れて来てもらってるんやから。はい、ブラック」
「ほんだら、よばれますわ。ごちそうさんです」
「きれいな夕日やね。変わらないんやね、この景色。あの頃を思い出すわあ。何時までも見ていたいわ。このまま時が止まればいいのに・・・」

「俺は、あの頃に戻ればええのにって・・。ずっと思ってた。ずっとな」
「えっ・・・」 洋子は敬一郎をみつめた。
「洋子と別れてからも、俺は一人でここへ来て、ずっと洋子と二人でこの景色を見てた。俺の傍には、いつも洋子が居てくれた・・・。その思いがあったから、俺は生きて来られた。もし神さまが一つだけ願いを聞いてくれるなら、どうかあの頃に戻してくださいって、そんなことばっかり考えてた」
「敬ちゃん・・・、敬ちゃん・・・」 敬一郎をみつめる洋子の瞳は揺らぐ夕日をのみこんでいた。
こと 熊木杏里
スポンサーサイト